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去年の冬であつた。私は非常に憂鬱であつた。身も世もなく憂鬱であつた。真夜中に至るに伴れて私のそれは私の魂をも奪つた。私は、何うする事も出来なくなつて、床の間に人型を作つて飾つてある鎧を身につけ、面当を被り、冑も執つて、真夜中の床の間に幾時間も凝つと模型になつていることがあつた。そして吾身の、此世に在ることを、せめても忘れたかつた。――

物理的空間は、測定の座標軸を意味した。それはその限り物理学的方法を提供する。処が又之は夫々測定されたる空間座標を意味した。従ってそれはその限り又物理学的対象となる。そして之はそのまま物理的時間に就いても繰り返えされるわけである。物理的空間も物理的時間も方法であると同時に対象である。この事情はミンコーフスキーの世界に於て愈々明白になって来るであろう。世界の変換軸――時間と空間――が測定の方法を意味することは誰にも承認されるであろう。この変換軸によって構成されるべき世界の内容が物理学的対象であることは、世界線の関係が物理的法則を意味することを見れば、明白となるであろう。何となれば世界線は、速度・加速度・力など――それは物理学の対象である――を意味し、その結合が法則――それも亦物理学の対象である――を意味するから。世界は方法であり又対象である。――さてこのような世界の概念は無論科学的手続きによって初めて成立する。従ってそれは必ずしも日常的な直接性をもたず、それであるから往々一つの擬制としてしか受け取られないということも生じて来るであろう。併し乍ら、之を吾々が理解しそれに意味を見出し、そしてそれに吾々の直観性を入れ込むことが出来るからには、ミンコーフスキーの世界が、何か吾々の日常的に通達出来る概念を解説しているからに他ならない。ミンコーフスキーの世界は自然的世界として日常的に理解されているものの科学的解明でなければならないであろう。それは自然科学的世界の、特には物理学的世界の、最も精密な表現でなければならないであろう。この言葉を証拠立てるために、ミンコーフスキーの世界が理論的に発展される時、益々物理的対象としての意味を持って来ることを明白にし、従って益々物理的世界を具体的に表現して行く処の、一例を私は今指摘出来るであろう。

*Eddington-ReportontheRelativityTheoryofGravitation参照。人々はこの断章に就いては、Einstein-GrundlagederallgemeinenRelativittstheorieに依るべきであろう。

私は本郷壹岐殿坂の獨逸語を教へている學校にはいつた。そこへ通ふには向島からでは遠いから、神田小川町の西周といふ先生の家に置いて貰つてそこから通つた。

が、隊長はいなかった。

「でも、あと二分ですから、見送らせていただきますわ」

と叫んだ兵隊が、この人だと思いだしたのである。

文学者とはそういうものなのである。というより寧ろ、文学とはそういうものなのである。そしてこの場合の「明日」の否定は、前の或る男の話と同様、明日のあらゆる事柄を呑みつくすほどの、或る重大な不安定な「明日」の存在を意味する。そうした「明日」を、文学者は注視し思考しているし、それが文学の中核となるのである。

「啓子さんによ。」

生ということ、生の拡充ということは、言うまでもなく近代思想の基調である。近代思想のアルファでありオメガである。しからば生とは何か、生の拡充とは何か、僕はまずここから出立しなければならぬ。

貧困本を愛する心その他を描いている作者の情熱

頭を下げたが、しかし彼女は立ち去ろうとしなかった。

A――その代りに、俺は全く反対のことも知っている。俺が死んだことを聞いて、この病院の患者達のうちには、自分がまだ生きてることを、しみじみと有難く感ずる者があるだろう。その有難い感じが、自分の生を一層愛し慈しむ感情が、死ぬべき者をも救うかもしれない。その付添の人達も、自分の患者がまだ生きてることに力を得て、輝かしい気持で看病に努力するだろう。彼等は眼に感謝の涙を浮べて、なお生きようとするだろう。そのためにでも、俺の死は無意味ではない。

***ヴィンデルバントの如きは数学と哲学とを合わせて「合理的科学」と呼び之を他の「経験科学」に対立せしめた(Windelband-Prludien-Bd.-S.141)。
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